「百日咳はマクロライドで治る」はもう古い——検出株の約8割が耐性と報告されたいま知っておくべきこと
「百日咳は子どもの病気でしょう?」——そう考える方も多いかもしれません。2週間、3週間と咳が止まらないのに、百日咳とは思いもしなかった。そんな患者さんが後を絶ちません。
2025年、日本の百日咳の報告数は過去最多を記録しました。しかも、これまで第一選択薬として使われてきたマクロライド系抗菌薬が効かない耐性菌が、検出株の約8割を占めるまでに広がっています。
百日咳をめぐっては、いくつかの「思い込み」が根強く残っています。その思い込みが、診断の遅れや感染の拡大につながっているとしたら…この記事では、臨床現場で繰り返し出会う3つの誤解を取り上げ、最新のデータとともに整理します。
この記事のポイント
誤解1: 百日咳は子どもの病気——大人はかからない
「百日咳は赤ちゃんがかかるもの」というイメージは、もう過去のものです。2025年第1〜21週の解析では年齢中央値が12歳で、10代が58.7%を占めました。20代以上の報告も少なくありません。
なぜこれほど増えたのか。原因は1つではありません。ワクチンの免疫が数年で落ちやすいこと、コロナ禍の感染対策で百日咳に触れる機会が減り免疫を持たない人が増えたこと、思春期・成人の感染が見逃されやすいこと、そして薬が効きにくい耐性株や、ワクチンの標的から少しずれた菌が広がっていること。これらが重なって、いまの流行を形づくっています。
成人の百日咳はやっかいです。典型的な「ヒューッ」という吸気性の笛音がほとんど出ないため、普通の咳として見逃されやすい。夜間にひどくなる咳、咳き込んだあとの嘔気、3週間以上続くしつこい咳——こうした訴えで内科を受診しても、「気管支炎」「咳喘息」と診断されたまま終わるケースが後を絶ちません。
しかも、ワクチンで得た免疫は発症を抑えても、のどに菌が住み着くのを防ぎきれず、他の人にうつしてしまうことが動物実験で示されています。本人が軽症でも菌を排出し続けます。乳児の百日咳感染源を調べた複数研究のレビューでは、母親が最大の感染源(約39%)であり、父親や兄姉も合わせると家族内が大半を占めるとされています。「ただの咳」だと思っていた大人が、ワクチン未完了の赤ちゃんに感染を広げてしまう。これが百日咳の怖さの本質です。
誤解2: マクロライド系抗菌薬を飲めば治る
かつてはそのとおりでした。エリスロマイシン、クラリスロマイシン、アジスロマイシンといったマクロライド系抗菌薬は百日咳治療の第一選択で、効果は確実と考えられていました。
日本では2018年に最初のマクロライド耐性百日咳菌(MRBP)が記録されましたが、その後約5年間は散発的でした。流行規模で問題が顕在化したのは2024年以降です。
| 指標 | 感受性菌(野生型) | 耐性菌(A2047G変異) |
|---|---|---|
| マクロライド系のMIC | <0.064 μg/mL | >256 μg/mL |
| マクロライドの効果 | 有効 | 事実上無効 |
| 国内の検出割合(2025年7〜9月) | 約2割 | 約8割 |
国立健康危機管理研究機構(JIHS)の調査によると、2025年7〜9月に検査された371検体のうち79.5%でA2047G変異が確認されました。この変異が入ると、マクロライドに対する最小発育阻止濃度(MIC)が4,000倍以上に跳ね上がり、通常の投与量では菌を抑えられなくなります。系統解析では、これらの耐性菌は中国で急速に拡大したptxP3系統のMT28型クローンと近縁であることがわかっています。中国では2024年、コロナ後の流行再燃とともに耐性率が98%に達し、患者の年齢層も乳児中心から学童・成人へとシフトしました。日本でも複数の経路から国内に持ち込まれ、2025年4月時点で9都道府県以上から検出が報告されています。
マクロライドが効かない場合の代替薬はST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)です。2025年8月には小児呼吸器感染症診療ガイドラインの追補版が発行され、耐性菌を疑う場面でのST合剤使用が正式に位置づけられました。
ただし、ST合剤は添付文書上「低出生体重児、新生児には投与しないこと」と記載されています。生後2ヶ月未満では使いやすい代替薬が乏しく、治療選択が難しいのが実情です。重症例ではビリルビン値や全身状態を評価したうえで、倫理委員会承認と保護者同意のもとST合剤やβラクタム系薬の使用が個別に検討されることもあります。2024年には、マクロライド耐性百日咳に感染した生後1ヶ月の女児が、人工呼吸管理や体外式膜型人工肺(ECMO)を使っても救命できず亡くなった症例が報告されています。
誤解3: ワクチンを4回打っていれば大丈夫
2025年第1〜21週のデータを見ると、百日咳と診断された人のうちワクチンを4回接種済みだったのは13,072例にのぼります。接種歴が明らかな症例の中で、最も多い層です。
誤解を避けたいのは、「ワクチンが効かない」のではないということです。正確には、現在の無細胞百日咳ワクチン(aP: 現在の定期接種で使われているタイプ)は重症化予防には有効だが、感染そのものや他者への伝播を十分には止めきれず、しかも効果が長くは続かない。これが核心です。
免疫が続かない理由

ワクチンを打った直後は高い予防効果がありますが、年を追うごとに効果は落ちていきます。接種翌年に10万人あたり15.6だった罹患率は、6年後には138.4まで上昇しました。
さらに、現在使われている無細胞ワクチンがつくる免疫のタイプは、自然に百日咳にかかったときや旧型の全細胞ワクチンがつくる免疫と質的に異なり、持続性に劣ることがわかっています。実際に、乳児期に旧型ワクチンを受けた世代のほうが、無細胞ワクチンだけで育った世代より後年の百日咳リスクが低いという報告もあります。
日本の定期接種スケジュールでは、生後2ヶ月から計4回の百日咳含有ワクチンを接種します。しかし、最後の接種は1歳半前後。その後、11歳で受ける二種混合ワクチン(DT)にはジフテリアと破傷風の成分しか入っておらず、百日咳の追加接種がありません。この「百日咳抗原の空白」が、思春期以降の免疫低下を加速させています。麻疹でも同様のワクチン接種歴の問題が指摘されていますが、百日咳はさらに免疫の持続期間が短い点が厄介です。日本小児科学会は2018年から、就学前(5〜7歳)のDPT追加接種を任意で推奨していますが、定期接種化はされておらず、認知度は高くありません。
菌も変わっている
ワクチンは菌の一部のタンパク質を標的にして免疫をつくります。ところが、その標的タンパク質の一部を持たない菌や、遺伝的に変化した系統の菌が世界的に増えています。ワクチンを広く使い続ける中で、菌のほうが適応してきた結果です。
ただし、これは「ワクチンが無意味になった」という意味ではありません。現時点で、とくに乳児の重症化予防ではワクチンの価値は依然として大きい。ワクチンは打つべきです。問題は「打ったから安心」と思い込むことにあります。
妊婦接種という選択肢
生まれたばかりの赤ちゃんを守るうえで、妊娠中に成人用の百日咳含有ワクチン(Tdap: 百日咳成分を減量した成人向け三種混合)を接種する方法が海外では標準的な推奨となっています。英国では妊婦接種の導入後、乳児の百日咳確定例が大幅に減少しました。母親からの移行抗体が赤ちゃんのその後のワクチンへの反応をわずかに弱める可能性は指摘されていますが、メタアナリシスでは新生児を守る利益がそのリスクを明確に上回ると結論づけられています。
日本ではTdapが未承認で、定期接種制度もありません。日本産科婦人科学会は、Tdapが使えない現状で小児用の三種混合ワクチン(DPT)を代替案として検討しうるとしつつ、妊婦へのDPT接種による乳児重症化予防効果は未証明としています。
いま私たちにできること
あなたの「たかが咳」が、誰かの赤ちゃんにとっては命に関わる感染源になりうる。百日咳が突きつけているのは、そういう現実です。
百日咳は「知っていれば防げた」ケースが少なくない感染症です。2週間止まらない咳があったら、風邪だと決めつける前に一度、百日咳の可能性を考えてみてください。その一歩が、自分の回復を早めるだけでなく、まだワクチンを打てない小さな命を守ることにもつながります。
同じく親世代向けの感染症記事として、手足口病、宮崎で流行警報(2026年4月)— 親世代向け 受診・登園・予防のものさし もまとめていますので、合わせて参考にしてみてください。
参考文献
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JIHS. マクロライド耐性百日咳菌の検査 up to date. IASR Vol.47 No.1 (No.551). https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/pathogens/vol47/551/551r06.html(参照日: 2026-04-11)
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よくある質問
百日咳にかかったら赤ちゃんにうつりますか?
咳が2週間以上続いているのですが百日咳でしょうか?
百日咳の薬が効かないと聞いたのですが本当ですか?
大人でも百日咳ワクチンを打てますか?
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