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RSウイルスワクチン「アブリスボ」——2026年4月から定期接種がはじまります

Tasunaro Tasunaro · 感染症専門医
RSウイルスワクチン「アブリスボ」——2026年4月から定期接種がはじまります

妊婦健診で「アブリスボ」という名前を聞いた方もいるかもしれません。2026年4月から、RSウイルスワクチンが妊婦を対象とした定期接種になります。

赤ちゃんは、生まれてすぐには自分で十分な抗体を作れません。この「免疫の空白期間」に呼吸器の感染症にかかると、重症化しやすい。なかでも厄介なのがRSウイルスです。これまで、一般の新生児・乳児全体を広く守る手段は限られていました。

アブリスボは、お母さんが妊娠中に接種し、胎盤を通じて赤ちゃんに抗体を届けるワクチンです。ただ、妊娠中に打つワクチンと聞くと、気になることも多いと思います。有効性のデータ、早産リスクの読み方、接種のタイミング——この記事では、判断に必要な情報をまとめました。

この記事のポイント

2026年4月から、RSウイルスワクチン「アブリスボ」が妊婦対象の定期接種(公費)になる
妊娠中の接種で作った抗体が胎盤経由で赤ちゃんへ届く「母子免疫」。生後3か月以内の重症RSV感染を約82%予防
接種推奨は妊娠28〜36週。計画分娩の方は出産2週間前までに接種完了が必要
早産リスクは統計的有意差なし。ただし接種時期が妊娠後期に限定された背景は知っておきたい

RSウイルスという「見えにくい脅威」

RSウイルス(RSV)は、鼻水・咳・発熱を起こすありふれた呼吸器ウイルスです。ほぼすべての子どもが2歳までに一度は感染する。大人がかかっても「長引く風邪」程度で終わるので、名前を聞いたことがない方も多いと思います。

ただ、生後6か月未満の赤ちゃんにとっては違います。

免疫が未熟なこの時期に感染すると、細気管支炎や肺炎に進展し、入院が必要になることがある。世界的にみても、乳幼児の入院原因のなかで常に上位にある感染症です。

大人には軽い風邪。赤ちゃんには、ときに命にかかわる感染症。このギャップが、RSウイルスの対策を長年にわたって難しくしてきました。

半世紀かかったワクチン開発

RSウイルスの怖さ自体は、ずっと前から知られていました。

1960年代、米国で不活化ワクチンが開発されます。ところが、このワクチンを接種した子どもがRSウイルスに感染したとき、かえって症状が重くなるという深刻な事態が起きました。以降、ワクチン開発の研究は長い停滞に入ります。

その間、予防手段として使われてきたのが抗体製剤「パリビズマブ(シナジス)」です。ただしこれは早産児や心疾患のあるハイリスクな乳児に限られるもので、すべての赤ちゃんを守れるわけではありませんでした。

2024年には、赤ちゃんに直接投与する長時間作用型の抗体製剤「ニルセビマブ(ベイフォータス)」も承認されました。こちらは生後初めてのRSウイルス流行シーズンを迎える乳児が対象です。アブリスボとは仕組みが異なり、お母さんではなく赤ちゃん本人に抗体を投与します。

半世紀を経て、ようやく複数の選択肢が揃いはじめました。そのひとつが、妊婦向けワクチンのアブリスボです。

母子免疫——お母さんの抗体が赤ちゃんを守る

母子免疫の仕組み:妊婦がワクチン接種→抗体が胎盤を通じて赤ちゃんへ届く

アブリスボ(Abrysvo)は、赤ちゃんに直接打つワクチンではありません。

妊婦が接種する。お母さんの体内でRSウイルスに対する抗体が作られ、胎盤を通じて赤ちゃんに届く。生まれた瞬間から、RSウイルスへの防御を持った状態になれる。これが「母子免疫」と呼ばれる仕組みです。

妊娠中のワクチン接種に抵抗を感じる方もいるかもしれません。ただ、母子免疫のアプローチ自体は新しいものではなく、百日咳ワクチン(Tdap)の妊婦接種はすでに多くの国で実績があります。アブリスボは、その考え方をRSウイルスに応用したワクチンです。

ワクチンの標的は、RSウイルスが細胞に取りつくときに使う「Fタンパク質」の侵入前の形(prefusion型)。この形に対する抗体がウイルスをより効果的にブロックすることがわかっており、A型・B型の両方に対応した二価ワクチンになっています。

有効性——MATISSE試験の結果

アブリスボの効果を検証したのが、MATISSE試験(MATernal Immunization Study for Safety and Efficacy)です。世界18か国、約7,400人の妊婦が参加した大規模臨床試験で、結果は2023年にNew England Journal of Medicineに掲載されました。

81.8%
生後90日以内の重症RSV感染を予防
重症下気道感染症(入院相当)
69.4%
生後180日以内でも有効性を維持
重症下気道感染症(入院相当)

お母さんの1回の接種で、生まれてくる赤ちゃんを半年近く守れる可能性がある。重症化の予防だけでなく、医療機関の受診が必要になるレベルの感染症全体でみても、生後90日以内で57.1%の有効率が報告されています。

これまで、すべての赤ちゃんを対象にしたRSウイルスの予防手段はありませんでした。その選択肢が、ひとつ増えました。

安全性——早産のデータをどう読むか

副反応は、注射部位の痛み(約41%)、頭痛(約31%)、筋肉痛(約27%)。いずれも軽度〜中等度で、1〜2日で自然に治まっています。ほかのワクチンと比べて特別に多くはありません。

早産のデータについて

安全性の議論で中心になっているのが、早産との関連です。

MATISSE試験では、早産(妊娠37週未満)の発生率がワクチン群で5.7%、プラセボ群で4.7%でした。後続の解析(試験全体)では、ワクチン群6.8%、プラセボ群4.9%という数値も報告されています。いずれも統計的に有意な差は出ていませんが、このシグナルを重く見て、各国の規制当局は接種時期を妊娠後期に限定しました。

米国FDAは妊娠32週以降、日本の厚生労働省は妊娠28週以降としています。

外来で妊婦さんからこの点について聞かれたとき、私はいつも両方の事実をそのままお伝えしています。「統計的に有意な差はなかった」こと。そして「それでも各国が接種時期を後期に限定した」こと。どちらか一方だけでは、判断の材料として十分ではないからです。

不安がある方は、かかりつけの産婦人科医に率直に聞いてみてください。「打つか打たないか」の二択で考える必要はありません。ご自身の妊娠経過に照らして、主治医と一緒に考えていけば大丈夫です。

接種のスケジュールと費用

項目内容
対象妊娠28週0日〜36週6日の妊婦
接種回数1回(筋肉内注射)
接種場所かかりつけ産婦人科 / 自治体指定医療機関
費用定期接種(A類疾病)— 基本的に公費負担 ※自治体により異なる

計画分娩の方は、スケジュールの逆算を

厚生労働省は「接種後14日以内に出生した乳児では有効性が確立していない」としています。抗体が赤ちゃんに十分届くには、ある程度の時間がかかるためです。

出産日が決まっている方は、出産予定日の少なくとも2週間前までに接種を済ませておくことが望ましいとされています。妊娠36週後半に帝王切開を予定している場合は、早めに主治医へ相談しておくと安心です。


接種を検討される方へ

いま妊娠28週以降の方

次の妊婦健診でアブリスボについて主治医に聞いてみてください。計画分娩の予定がある方は、出産2週間前までに接種できるかどうか、早めにスケジュールを確認しておきましょう。

4月の定期接種開始を待つか迷っている方

4月1日時点で37週以降になる場合、定期接種の対象外になる可能性があります。接種対象の週数を外れる場合は、接種の可否そのものを主治医に確認してください。

なお、RSウイルスは60歳以上の高齢者にとっても重症化リスクのある感染症です。高齢者向けのRSウイルスワクチンも日本で承認されています(任意接種・自費)。基礎疾患のあるご家族がいる方は、かかりつけ医に相談してみることを勧めてあげてください。


ワクチンの判断に、万人にとっての正解はありません。

大切なのは、信頼できる情報を手元に揃えたうえで、自分の状況を知っている医師と一緒に考えること。この記事がその材料のひとつになっていれば幸いです。


参考文献

  1. 厚生労働省. RSウイルス感染症に対する母子免疫ワクチンの定期予防接種について(一般向け). https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001662132.pdf(参照日: 2026-03-04)
  2. 厚生労働省. RSウイルス感染症に対する母子免疫ワクチンの定期予防接種について(医療従事者向け). https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001662133.pdf(参照日: 2026-03-04)
  3. Kampmann B, Madhi SA, Munjal I, et al. Bivalent Prefusion F Vaccine in Pregnancy to Prevent RSV Illness in Infants. N Engl J Med. 2023;388(16):1451-1464. doi:10.1056/NEJMoa2216480
  4. Fleming JA, Gessner BD, Gruslin A, et al. Preterm Birth Frequency and Associated Outcomes From the MATISSE Maternal Trial of the Bivalent RSV Prefusion F Protein Vaccine. J Infect Dis. 2025. doi:10.1093/infdis/jiae608
  5. 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA). アブリスボ®筋注用 申請資料概要. https://www.pmda.go.jp/drugs/2024/P20240112002/index.html(参照日: 2026-03-04)
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感染症専門医

医師になって10年以上、感染症の診療を続けています。 医学書や論文の執筆経験を活かして、日々の診療で役立つ情報をお届けします。

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本記事は医療情報の提供を目的としており、診断・治療の代替となるものではありません。